ファッションの生産地としての地場産業育成 ~宮城県南三陸町での取り組み~

posted 2012/12/19 category Blog, Midium Report, News

日本人にとって希望の象徴であり、鎮魂の象徴でもある桜。
3.11後、「東北のために、何が出来るだろう」と考えた時
桜でいっぱいになった雪国の風景が浮かんだ。

 

20年後、2031年までに、宮城県南三陸町に
3000本の桜を植えたい。
その、桜の咲く美しい大地には、
人々が豊かに暮らしていてほしい。
そのためには、この南三陸から人が離れていってはいけない。
雇用創出できる産業を起こしたい。
こうして、LOOM NIPPONの活動が始まったー

 

LOOM NIPPON代表の加賀美由加里さん。
流れの激しいファッション業界において常にキーパーソンとして活躍。
現在ドーメル・ジャポン社の社長、そしてランバンブランドの日本アドバイザー、と
日本のファッション界の牽引役として多方面からの篤い信頼を得ている。

Ms. Yukari Kagami

その加賀美さんが
南三陸を東北一の桜の名所に
そしてファッションの生産地に
と、LOOM NIPPONを立ち上げた。

 

ランバンの創始者、ジャンヌ・ランバン。
彼女の、Fashion is Emotionという言葉を加賀美さんは大切にされている。
バッグはそのEmotionを運ぶプロダクトだという。

 

EmotionをActionに変えたい。
その思いが、バッグに繋がり実を結んだ。

 

「これまでの私の全てのキャリアはこの仕事のためにあった」
そう言い切る加賀美さん。

 

Love Of Our Motherlandの頭文字「LOOM」
奇しくもLOOMとは機織機の意味がある。
縦糸を祖先から子孫までに、そして横糸を同じ世代にみたて、
それらの織り込まれる愛のタペストリーを作りたい。
そう考えた加賀美さんは「織」を取り入れたバッグを作ろうと思い立つ。

 

機を織るということは織り姫が必要だ。
被災した子供達が、この南三陸の地で育っていくには親に仕事がなければならない。

 

雇用創出のため、バッグを南三陸で作れないか。
知り合いを辿っているうちに、アストロ・テックの佐藤社長に出会う。
佐藤社長も被災し、工場も家も流された。
被災する前は精密機械を作っていたが、
加賀美さんの熱意に動かされ、未知のバッグの世界へ。

 

「苦労なんて苦労はしてないですよ」と穏やかに語る佐藤社長。
全くの異業種に、抵抗はなかったという。
精密機械を扱っていただけに細やかで丁寧な仕事は元々得意。

Mr.Akio Sato

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初は、同業者から冷やかしの電話があった」という。
それでも、そんなことには目もくれず、
日々研究を重ねていった。

 

被災して仮設住宅に引きこもっていたが、
アストロ・テックで働くようになって笑顔が出てきた若い女性もいるという。
佐藤社長の温かいまなざしを見ていると
佐藤社長の心が、彼女を動かしたのだろうと思える。
同じ苦労をしたものだけが分かる暗黙の世界。
それを黙って迎え入れる佐藤社長。
目に見えない絆が織り込まれているのを感じた。

Asutoro

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長年、世界を相手に、ブランディングを手がけてきた加賀美さん。
既に次の戦略を打っている。

 

この街全体がファッションの生産地として著名となって
各地から若者が集まってくるような夢のある場所にしたい。

 

そのための準備が着々と進んでいる。
事業がうまくいけば行く程、桜が植わっていく。
南三陸という故郷に、皆の作ったバッグが桜となって戻ってくる。

LOOM Bag

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南三陸町。
これから益々目を離せない。

2012/12/19

復興支援メディア隊

榎田智子